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 イベントレポート



日独スポーツ少年同時交流
2007.8.2〜6

ドイツ団の受け入れをして、本当に よかったと思います。

今回 菰野町が三重県の中で選ばれたらしく、ぺルナママを通して その話がきました。

「楽しそうっ!」 だけのおもいで 引き受けてしまったんですが.......


ドイツの子達からの要望がイロイロあって、その1つが「浴衣を着たい」でした。
家には浴衣も無いし...私は着せてあげられない...家としては こんな経験 出来ないから絶対 来てほしいけど、ドイツの子達からすれば、家じゃないほうが えんちゃうのかなぁ?と思い始め...ぺルナママに相談したりしていました。
でも「大丈夫ですよー」の言葉に家も参加させてもらうことにしました。

8月2日ドイツの子達を迎えに行って、初めての印象は「でっかーい」でした。ぺルナママに英語で家の紹介などをしてもらいました。その隣で聞いていた私はチンプンカンプン...ぺルナママが めっちゃかっこよく思えました。ドイツ語どころか家は誰も英語で喋れる人がいないので、その時 初めて「大丈夫かな?」って思ってしまいました。でも、知っている(数少ない)単語で言ってみたり、ジェスチャーや 紙に絵を描いたり(気が付くと、日本語の単語で説明していたり...)皆で助けあって...(^0^)結構 通じあえるんだ〜ぁとおもいました。

本当だとぺルナの子や、他のスポーツ少年団の子達と 八風キャンプ場でキャンプファイヤーをするはずが台風の影響で中止になったのが、すごく残念でした。

あっとゆ〜間に5日間がすぎて”さよなら”をする日になってしまいました。本当に寂しいです。

ドイツの子達のスポーツ少年団は20歳ぐらいまであって 日本と違って1つのスポーツをしているわけではない。1人が幾つか かかわっているらしい。日本は 中・高校と部活に専念してしまうぶん どうしてもスポーツ少年団は小学生が中心になっている。家にとってラッキーな年だったのかな?ぺルナに入っていなければ...菰野町が選ばれていなければ...この機会を与えてくれて本当に”ありがとう”を言いたいです。もしまた こういう機会があったら参加したいです。

そして子供達ってすごいな〜っと思いました。
始めに少し照れていた子も すぐにうちどけて一緒に遊んでいました。
言葉が違っていても全然大丈夫ってことを教えてもらいました。

ありがとうございました。 
K母
                              



『目指せ!ベストストーカー??』
  2007.4.1

盛大な卒部式ありがとうございました。本当に感動しました。

新6年生を中心にした御父兄の方々、アレグロ関係者の皆様にあらためて感謝申し上げたいと思います。
 去年、前卒部生の時は贈る側で、どうしたら卒部生が、御父兄が喜んでくれるのか考えていた頃が懐かしく、またあっという間に当事者になったことに寂しさを感じます。
 
式の間中、いろんなことを思いだしました。
 息子がサッカーをしたいと言いだし入部した当時、私はグランドの片隅で試合時間にだけ顔をだす人間でした。息子の送り迎えも、ペルナの行事も家内だけが参加してました。
私の過去を知らない父兄さんには意外に見えるかもしれませんが、ほんとなんですよ。
 
 それには理由がありまして........    当時の父兄さんていったら、今も居るんであまり大きな声で言えないんですけど、か○さん(社長)とか、あ○のパパ(大家族)とか、き○ちゃん(アレ○ロ会長)とか、見た目イカツそうな顔ぶれであったうえに真っ赤な上下のジャージをしかもオソロ?たまたま?で着こなし、コーヒー飲みながら大っきな声張りあげてるんですよ。
コーチだって挨拶しても「ウィッス、チィーッス」とか日本語で話ししてくれないし。
いたって健全に育った私には、とてもその輪に入る勇気がなくって。怖かったっす(笑)。
 
なんだかんだ時間か解決してくれたんですけど、結局「きっかけ」なんですよね。
 一度入り込んだら、もう抜け出せないっていうか中毒ですよね。息子以上に熱が入る時もしばしばあったりして、気がついたらいろんなとこへ応援に行ってました。一番きつかったのが兵庫遠征(兵庫といっても鳥取に近い)日帰り2試合観戦ツアーですかね。
もちろん子供達は泊まりですけど、2時間くらい現地にいただけで、10何時間は車の中。
 ちょっと無謀でしたよね(ちなみになんちゃってBコーチさんと、ま○ちゃんも一緒でした)。その他にも静岡トイレ事件や大阪ヒロコーチ抱きつき事件........いや〜懐かしい〜!
 
3月初めにあった恒例の大阪遠征ガンバ観戦なんて、ほんとに楽しく眠かったっすよ。
観戦が終わってから、チョット一杯って感じで出掛けたんですう。
 初めはもちろんSコーチとH先生の3人だったんですが、そこに開幕戦でお疲れのご存じ、し○じさんや大阪TチームのTコーチが加わって、気がついたら朝の4時前。もちろん「指導とは」って談議は当然のことですが、その他にも楽しい話がいっぱい聴けました。
「うちの父兄なんだからっ!」って話を止めようとするSコーチの姿を何度見たことやら。
 イコール他言無用ということですので内容は記すことはできませんが、「何があったの?」って聴かれたら差し障りのない範囲でお応えいたします。(記者は事実を伝えないと仕事にならんですからね。)でもメンバーの中で唯一シロウトの番記者が楽しいって思えるんだから、やっぱ楽しい時間だったんですよ。皆さんのサッカーに対する情熱を改めて感じることができた時間でした。
 
 私にとっては、ほんと楽しく充実した数年でしたが、コーチ・御父兄の方々にいろいろご面倒・迷惑をお掛けしたりもしました。 この場を借りて改めてお礼とお詫びを申し上げたいと思います。
 
 さて、私のサッカー人生ですが正直言って社会人になってから、少しサッカーに関与しただけで日本代表の選手レベルもほとんど把握していない状況で、どちらかというと野球小僧の方でした。そんな私が日本代表どころかJチームの選手、海外のメジャーチームの選手名までいつのまにか把握してしまっていることに驚きを感じています。
 それもサッカーを通じて子供と触れ合う時間の中で培われたものであり、ある意味ひとつの財産でもあります。子供と触れ合う時間はもちろんサッカーだけではありません。
 それ以外でも十分接することができると思いますし、サッカーだけにこだわる必要もないと思います。でもそう考えると自分はサッカーも、その他でも2重で接する時間があったんだって......今思うと得した気分です。
その反面、下の娘達・愛犬には可哀想なことしてたなあって反省することも。
 
でっ何が言いたいの?スミマセン。自分自身こうやって綴っていてもよく解りません。
でも、今日の卒部式で過去を想い出しながら、自分が勝手に感じたこの数年間の満足感を皆さんにも解っていただきたくて..........
 
 コーチやアレグロ関係者の方からは「卒部しても顔だしてよ」「卒部して、はい終わりじゃ寂しい」とか言われ、「もちろん!」って言いたいところなんですが、やっぱり今まで通りという訳にもいかないと思います。っていうかペルナの『ベストストーカー』はやっぱり現役の父兄さんが相応しいと思うからです。
 このHPでも紹介されているベストサポーターとはちょっと意味合いが違うんですけど、子供のためにサポートする、プラス自分も楽しむっていう感じです。
どっちかというと後者のほうが強いんですけど、自分は間違いなくストーカーでしたね。
『自分が楽しむことができれば、サポートは必然的についてくる。』そう思っています。
 
 仕事で思い通りに参加できない方もたくさんお見えになると思いますし、私が当初そうであったように、なかなか輪に入りにくいなあっと思っていられる方もいるかと思います。でも間違いなく扉を開ければ熱くなります。いや更に熱くなれます。
 更に熱くなれることに気づいていない方がみえるんであれば自分と同じ楽しい経験、想い出を創っていただきたい。そんな想いから記した次第です。
 もちろん、今後も番記者は家族共々何らかの形で「陰のストーカー」として関与していきたいと思っています。見掛けられても避けないでくださいね。
 

 最後になりましたが、「息子がサッカーを始めたこと」、「すばらしいコーチ達に巡り会えたこと」「頼もしい仲間、選手達・御父兄と知り合えたこと」、そして『ペルナSCに出会えたこと』......
 全てが掛け替えのない想い出を創り出してくれたとともに、何にもかえられない大事な財産となりました。 すべてに....心から....ありがとうございました。
 

 
PS
番記者として、ジュニアでのレポートはこれで終わりにしたいと思います。
今まで読みにくい内容をそのままアップしていただいたことに感謝するとともにHPでお付き合いいただいた皆様にあらためてお礼申し上げます。
 
が、これからは「ペルナSCストーカー」に筆名変更してアップさせていただきたいと思います。今まで無かったジュニアユースの内容などバージョンアップしてHPを盛り上げていきますよ!

でも、投稿書の「ボツ」だけは勘弁してくださいね。
 

 




番記者





『ヤスさん』
  2006.8.5

今日は菰野小学校で三浦泰年さんのサッカー教室が開かれました!主催は中日新聞販売店さんです。ありがたいですね〜。

コーチが上野の試合に出かけたため、再びナンチャッテコーチA様とBの引率です。

みなさん、三浦泰年さんご存知ですか?あのカズさんのお兄さんというとわかりやすいでしょうか?A様はサッカー教室出欠のメールを送って、速攻返事が来ました。子どもより母がやる気です。母たちの年代にはうれしい企画です。私Bも子どもがいないのに行ってしまいました。三浦さんはご自分のことをヤスさんと言ってらしたので、ここでもヤスさんと呼ばせていただきます。

ヤスさんは1965年7月15日生まれ。静岡学園('81)→ブラジル留学→読売クラブ('86)→清水エスパルス('92) →ヴェルディ川崎('96)→アビスパ福岡('99)→ヴィッセル神戸('02)と活躍され、現在は引退されましたが、‘94のW杯A代表に選ばれたすばらしい選手です。今回のW杯ではたくさん解説をされてましたね。

生のヤスさんはさわやかでしたね〜。指導も熱心でした。今日は暑さはすごかったんです。立っているだけで頭から汗が流れてきました。そんな暑さを感じさせないほど、大きな声で、常に動き回って、ジェスチャーも大きかったですね〜。勉強になりました。リフティングの指導ではいろんな所でボールがつけることをやって見せ、子どもが「おしり!」って言うと「おしり!プリッ!」ってやるんです。(ボールをつきながらですよ)子どものハートをキャッチする術も上手ですね〜。

子どもたちもすごい暑さの中、頑張っていました。ペルナの他に3チームほどみえてたんですが、最初「2人1組」っていうとチーム内で組むんです。でも最後の方は他のチームの子と組む子もいて感心しました。ああいう場でのオープンマインド大事ですね。サッカーをしていく上でとても大切なことです。ヤスさんと組めた幸運な子もいましたね。

ヤスさんは指導しながら、子どもたちにいろんな要求をします。「みんなの前でリフティングする人!」「ヤスさんと1対1する人!」子どもが大きな円を作って座っている真ん中に出て行くんです。緊張するし、ドキドキすると思います。でもペルナから一人も出て行かないのは残念でした。給水タイムにちょっと言いました。その後は慣れも出てきたのか、元気良く手を上げる姿が見られてうれしかったです。今度またこういう機会があったら、うるさいくらい手を上げるペルナの子に会いたいな・・。

猛暑の中の2時間。いつもと違う指導者と触れ合えた貴重な2時間でした。

今日参加した子どものお家の方。お子さんにサッカー教室でやったじゃんけんを教えてもらって一緒にやってみてください。頭の固い大人には難しいですよ〜。私も一緒にやりましたが、子どもは速いですね。頭の固さを痛感しました。




ナンチャッテコーチB





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卒部式  2006.3.26

 いや〜今年も号泣でしたね。卒部式。近くにいた5年生のお母様方(誰とは言いませんがA様と○るみん)の嗚咽、某清水コーチの顔....見ているだけでもジーンとさせていただきました。今年は11人というたくさんの6年生が区切りの時を迎えましたが、毎年この時期は新しい門出であるとともに別れの時でもあり、きて欲しくないと思っていた父兄の方々もたくさんみえたことと思います。でもほんとうに今年の6年生には、もう少し時間が欲しい、もう少しプレーを観ていたいと思わせてくれる子供達だったように思います。今日の試合がまさしくそのものでしたよね。今まで見たこともなかったヘディングシュートがあったり、絶妙なスルーパスで相手チームの父兄から驚きの声があがったり、最後の最後まで成長を続けていってる6年生達。あらためて、このチームに父兄としてかかわれたことに喜びを感じました。
 振り返ってみると、コーチの「こだわり」を貫き通し、数々の大会や他県遠征での実績を残し、三重県に「ペルナあり」と知らしめたのは、この6年生達です(今日の卒部式でのトロフィーや賞状の数を観ていただいておわかりになったと思いますが)。番記者も数々の会場で、決勝戦でもないのに人が集まってきたり{相手チームを見に来ていたのかもしれませんが(笑)}、他チームのコーチや選手達の会話を耳にしました。「あのブラジルユニホームがペルナだ!」ペルナを知らないチームがペルナの名をだすこと。これってすごいことだと思いませんか?コーチに言わせれば「そんなこと関係ない」って言われちゃいますけど、一父兄からすればこんな誇らしいことはありません。そんなペルナの一時代を築き上げたのが6年生達です。誰だって自分の子供が活躍する姿が観たくて応援に行かれると思います。どーしても自分の子供を目で追ってしまいます。でもそんな中でもペルナのプレーにいつしか、はまっていることってありませんか?勝ち負けではなくて、それぞれの場面場面でドキドキして魅せてもらったことってありませんか?えっ!小学生がこんなことするんだって感動したことってありませんか?ある意味少年サッカー観戦の楽しさを教えてもらったっていうか.....もちろんコーチの指導もありますが、父兄にそんな楽しみを与えてくれたのも、6年生達だった気がします。

 一昨年前、前6年生の卒団式で今の6年生が号泣してから1年間、いろんなことがありました.....『★5月の合宿ではガンバ観戦に盛り上がり、翌日はフジタ兄い(天学ヒロコーチのお兄さん)からの突然指導に真剣に耳を傾け新しい技を教えてもらいましたね。(子供達よりコーチの方が真剣でした)★県大会予選では前日からヒロコーチに臨時指導にきてもらい、これまた、たくさんのアドバイスをいただきました。★静岡に始まり松阪、浜松遠征と多くのチームと出会い、猛暑の中フラフラになるまで走り回って、あっという間に終わってしまった夏休み。★10月には天学の選手に民泊してもらい、この時、天学の選手・御父兄とのきずながよりいっそう深まりました。★そしてフジパン、チャンピオンズなどの公式戦、Jogoや他チームからの招待試合など、なんにもない週末は数えるほどしかないくらいに.....そして先月の6年生最後となる遠征で天学への民泊。遠征レポートでつづらせてもらったとおりです。』つい昨日のことのように思いだされます。

 下級生の面倒見がよかったことは、ペルナの下級生を持つ父兄が共通で認識していたことだと思います。そんな6年生がいなくなり、もっとも寂しいと思うのは父兄ではなく下級生達なのです。今日、卒部式に参加された方であれば言うまでもありませんが、5年生達全員の涙。これが全てです。ある5年生の贈る言葉の中に、泣きながらこんな言葉がありました。『中学にいっても、見ている人を楽しませるサッカーを続けて下さい』『楽しい時間をありがとうございました』下級生達に言葉ではなくプレーでサッカーの楽しさを伝え、そして何よりも、どんな有名なサッカープレーヤーよりも憧れであったんだということを......あらためて痛感しました。ただ、これで終わりというわけではありません。これからも、ペルナ、サッカーを通じて6年生には出会うでしょうし、もしかしたらTV画面で観ることがあるかも。その時を楽しみに6年生の姿を心の日記に記したいと思います。

 『6年生のみんな!これからも元気に楽しくサッカー続けろよ!たまには下級生達の試合を観にこいよ!どんな時でもペルナでの自分の姿を忘れるな!』そして、いつまでも下級生達のSuper  Heroであり続けて下さい。
いままでほんとうに、ほんとうにありがとう。たくさんの感動、想い出を・・・


アレグロ番付記者BK


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